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院長のひとりごと

鍼灸・指圧治療院の院長が日々考えることをつづります。

温泉

2007-05-19-Sat-14:18
私の好きなもののひとつに温泉があります。

ゆったりとお湯に浸かると身体も心も緩む気がします。

特に好きなのは、ちょっとぬるめのお湯で半身浴。
汗がにじんできて・・・
休憩して・・・
また入ります・・・

身体に良いか悪いかわかりませんが、風呂上りに飲むビールの一杯は本当に美味しく感じられます。


実は来月に2度ほど温泉に行く機会があります。

ひとつは伊東温泉(静岡県)
もうひとつは昼神温泉(長野県)です。

伊東温泉には同業者との会合のため出かけます。
遊びではないのですが、本当に楽しみです。温泉が・・・

この会合は年に一度、伊豆地方から相模地方にかけての温泉地において行われます。
昨年は、熱海、その前は修善寺や下田、湯河原など温泉地に出かけています。


昼神温泉には、私の所属する沼津市鍼灸マッサージ師会の一泊バス旅行で出かけます。

バス旅行ですので、こちらも温泉目的というわけにもいけませんが、やっぱり楽しみです。

馬込宿や妻籠宿など名所を廻ります。
バスの中では懇親が目的ですので、カラオケ、クイズ、ビンゴゲームなどが行われます。
ビールも相当飲んでしまうかもしれません・・・


伊東温泉は単純泉の天然温泉で無色透明無臭。
昼神温泉はアルカリ性単純硫黄泉で「美人の湯」としても知られ、つるつるの肌さわりとのこと。

やっぱり楽しみです。


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私が治療家になった理由(終)

2006-08-18-Fri-21:06
仕事の転機とともに思い切って開業に踏み切ったわけですが
今から考えると無謀に思えるような状態でした。

なにしろお金も経験もろくにない状態でしたから・・・

昭和62年3月
自宅の一部を治療室にして開業

しかしながら時代が良かったのか、運が良かったのか、
最初の月には、なんと100名を越える患者さんの来院がありました。
そして、それからもそれなりに何とか仕事をすることができていました。

転機が訪れたのはそれから数ヶ月後のことです

患者さんが来てくれるようになったとはいえ、まだまだ半人前。
開業をして仕事をする傍ら、
私は様々な講習会に参加をつづけていました。

私の師匠である佐藤和市D.C(ドクターオブカイロプラクティック)
と出会ったのはそんなある日の講習会でした。
この先生に出会っていなければ今の私はないといっても過言ではありません。

経穴人形


あれは忘れもしない昭和62年9月
東京衛生学園での講習会に参加した時のことです。

私はその時の講師であった佐藤先生の講義を聞いて目が覚める思いをしました。

当時、「治療をすると、なぜ治るのか」ということを自分なりに究明しようと
あがいていた時期でもありました。
佐藤先生の講義は、そんな私の思いを見透かしたかのようなものでした。

『学問を学ぶとは、原理・原則を学ぶものだ』 

「この先生であれば!!」
と直感した私は、佐藤先生の主宰する『和漢塾』に入門することにしました。

施術の原理・原則とは奥の深い問題であるので、
今なお全てが解決されたわけではありません。
が振り返ってみると、ここで私の今の治療の基礎となる大部分のものが培われたのではないかと思っています。

GTスコープ


その次の年から当時熱海にあった、「呉竹鍼灸専門学校」に通い
少し遅いですが(-_-;)資格をとりました。
(数年間独学で勉強してきていたものの、勢いでサラリーマンから転職したこともあり、なんの資格も持っていなかったので・・・)

今もなお治療家としていられるのは様々な要素があると思います。
しかしながら、
「佐藤先生との出会い」
というものがあったからこそ成り立っているものであると自覚しています。

20年近く経った今でも年に数回は和漢塾へ通い
さまざまなことを学ばせてもらっています。

そのおかげで、私は多くの患者様の笑顔に出会うことができるのだと思っています。


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私が治療家になった理由(2)

2006-08-11-Fri-19:08
前回は私が治療家をめざした“きっかけ”
K先生との出会いをお話しました

その後、もちろん
私は治療家の道を目ざすことになります。

とはいえ、妻と二人の子供を育てていかなければいけない身です。
そう簡単に仕事を辞めるわけにもいきません。

そこで、まずはそのまま仕事を続けながら
カイロプラクティックの勉強をすることにしました。

ゆっくりではありますが、治療家の道に足を踏み入れたのです。
これがかれこれ23年程前のことです。

当時使用していた参考書


私は独学で勉強する一方、二つの会に所属し
休みの日を利用しては講習会に参加するようになりました。
忙しい日々ではありましたが、
興味があることを学ぶということは楽しいことでした。

それから4年程経ったころ(今から19年位前)
ある時、私は当時勤めていた会社で配置換えの辞令を受けたのです。

正直なところ、
いつ『転職』するのかということは考えていなかった私ですが、
この辞令を受けた時、
ひょっとしたら今がチャンスでは!
と感じました。

もちろん迷うところもありましたが、妻の後押しもあり、
これをきっかけに『開業』に踏み切りました。

ここでようやく治療家の端くれになったわけです。


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私が治療家になった理由

2006-08-04-Fri-19:59
患者さんから
「先生はなぜ今の仕事を選んだのですか?」
そんな質問をされることがあります。

私はそんな時、
「○○さんの笑顔が見られるからですよ」
と答えています。

これは、嘘でも建前でもなく
私は、患者さんの喜ぶ姿を見ることができるということが
この仕事を選んだ理由のひとつなのです。

ですが今回はその前の段階。
今の仕事に出会うことになった、きっかけをお話しします。

脊柱模型


私はこの仕事に就く前、いくつかの仕事に就いています。
営業であったり、経理であったり。
どの仕事もそれなりのやりがいはあったものの、
一生続けていくという気持ちにはなることができないでいました。
(もちろん営業や経理という仕事もすばらしいですが…)


そんなこんなで30代半ば
私はある一人の恩人に出会うことになります。

ある日、
私は当時勤めていた会社の取引先の社長を訪問しました。
この社長こそが私をこの世界に引き込んだK先生でした。
K先生との出会いこそが、私がこの世界に足を踏み入れる第一歩でありました。

K先生は会社の経営とは別に
カイロプラクティックの治療院を開院していました。

私が、その日訪問すると
K先生は私を会社の別棟に案内してくれて私を治療してくれたのです。


当時、治療という経験がまったくなかった私にとって
それは非常に感動的でありました。

そしてK先生の治療をしている姿に
かっこ良さを感じたのです。

イチローや松井のようなプロ野球選手に憧れる少年と同じように、
私はK先生のような治療家というものに憧れを抱くようになり、
その後、治療家にはまってしまうことになるわけです。


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ブログ開設しました

2006-06-02-Fri-16:22
ついにブログを開設しました。私はとある鍼灸・指圧の治療院の院長です。これから週一回以上のペースで更新をしていこうと思っています。

今回は最初ということで簡単ですが、まずは私のプロフィールを紹介します。
生まれは四国・高松市、干支は寅年、星座は天秤座の中年男性。
15歳で上京。東京で10年ほど過ごしましたが、縁あって妻と知り合い静岡県富士市に移住し30年ほど現在地に住んでいます。

家族は妻と長男、長女、娘婿、そして双子の孫の計7人です。双子の孫は只今2歳2ヶ月の男の子。家に帰っても孫に振りまわされ毎日が大忙しです。

治療院外観


私が今の治療家という道に進んだのは、今から約20年前のことでした。
それ以来さまざまな苦難を乗り越えながらもなんとか治療家としてやっております。

そんな私がこの春、息子と鍼灸指圧の治療院を移転オープンさせました。女性のスタッフも採用しまして、小さいながら「院長」として経営にも直面しております。

今後はそんな「院長」としての目線からみた治療院や施術のことを中心に、体にまつわる雑学や私のプライベートに関することまで幅広く紹介していきたいと思っています。
よろしくお願いします。
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